中の上と中の下のあいだ

凡人中の凡人が非凡になろうと足掻いたり、つぶやいたり、ゴネたり・・・

そうだ、手紙を書こう

日頃パソコンでパチパチ文字を打っていると、本当に字が下手になりますね。

久しぶりに万年筆を握った時の、とてつもない違和感と言ったらありません。

そうやって毎回、手書きを怠った後悔をし、字を書かなきゃ!と猛省してはやっぱりパソコンに戻るという繰り返しです。

でも一応意識して、事あるごとにお礼状を書いたり、便箋にこただわってみたり、筆記具を少し良い物をチョイスして気分を高めたりしています。そういう意味で、手紙を書くという事自体はとても好きです。

そういえばある日母が、その昔従兄弟からもらったという手紙の束を出してきました。

昭和三十年代の手紙で、全て毛筆です。

達筆すぎて読むのに一苦労でしたが、その温もりは時を経てもなくなっていませんでした。むしろ底なしの愛を感じられるほどでした。

現代だからこそ、直筆の手紙の温かみが有難く感じられるのですが、その手書きであるという事以上に、従兄弟から母への何気ない気遣い、優しさに心が震えました。

好きだも愛してるも何も書かず、いやらしさや下心など微塵も感じられないのに、手紙一面に愛が溢れているって、もうプラトニックの極みです。

でも、当時まだ若かった母は何も分からず、いろいろ教え諭してくれるお兄さんだなぁぐらいにしか思っていなかったそうです。

時代を経ても、他人が読んでも涙が出そうなほど愛に溢れた手紙を書けるのは、能力なのか、徳を積んだからなのか・・・

毎回ワンパターンの手紙しか書けない私。能力もなければ大した徳も積んでいない。

凡人は地道に場数を踏むしかなさそうです。

そうだ、やっぱりまたあの人に手紙を書こう。