中の上と中の下のあいだ

凡人中の凡人が非凡になろうと足掻いたり、つぶやいたり、ゴネたり・・・

ある言葉の使い方について

どこを向いてもオリンピックを意識した話題が多いのは結構なことです。
東京都が不要になった携帯電話を回収して、部品の一部である金でメダルを作ろうという案も素晴らしいと思います。時代に即したエコ、素晴らしい。
さてここで、メダル取得についての表現が気になる、と母上が。

昭和初期生まれの母曰く、メダルというのは「取る」ものではなく、「いただくもの」ではないかと言うのです。
小さい頃からオリンピック選手を目指して日々鍛錬に鍛錬、訓練に訓練を重ねてようやくオリンピックの舞台に立てるのは本当に大変なことですし、そもそもオリンピックに参加できること自体がもう素晴らしすぎると素人は思っています。
しかし、選手にとっては、もはやオリンピックの舞台に立つことは「当たり前」であり、その先のメダルの色を競うことに意義があるような風潮になってやしませんか?

メダルは金じゃないと意味がないとか言ってしまう選手もいるほどですが、え!目標ってやっぱりそれ??と、日頃から、ねぇ本音を話そうよ、と声高に言っている私でさえあれれ?と思う今日この頃です。

国境なんてあっさり越えてしまうスポーツを通して、交流するというのがそもそもの目的じゃないの?なんて柄にもなく熱っぽく思ってしまうのであります。

一時期、試合に勝った直後の選手のあまりにも大げさな喜びかたが問題になったことがありましたよね。負けた選手の気持ちを考えてこそスポーツマンシップがどうとか批判があったように思います。この時はわたしも、ほう!世論もなかなか!と思ったものです。
ところが、昨今のニュースでは「メダルを取る」と言う表現のオンパレードです。
結局こういう表現が蔓延しているから、オリンピック=メダル取ってなんぼの世界になって、本来の目的を見失う結果に繋がっているんじゃないかと思うのです。

じゃあ結局なんて言えばいいのか?

選手側は「いただく」?メディアから選手への激励などは、「獲得」?

「獲得」も「取る」も同じじゃんねー?

母上、どうするよ?